死者・行方不明者、関連死を含め2万2167人が犠牲となった東日本大震災から11日で9年となります。避難なお4.7万人、人口34万人減全国に散らばる避難者はなお4万7737人。岩手、宮城、福島3県のプレハブ仮設住宅には今も709人が暮らす。国が定めた「復興・創生期間」は最後の1年を迎えるが、復興はまだ途上にある。探偵興信所・日東探偵社では、東日本大震災で犠牲となられた方々への追悼をさせて頂いております。
東日本大震災 被災の状況
死者 | 行方不明者 | 震災関連死 | 避難者 | |
岩手県 | 4,675人 | 1,112人 | 469人 | 985人 |
宮城県 | 9,543人 | 1,217人 | 928人 | 3,969人 |
福島県 | 1,614人 | 196人 | 2,286人 | 3万914人 |
全国の総数 | 1万5889人 | 2,529人 | 3,739人 | 4万7737人 |
(警察庁、復興庁調べ) | 3月10日時点 | 2019年9月30日時点 | 2月10日時点 |
そのキャラメル一粒に救われて
長さ7センチ。幅2・5センチ。森永製菓の黄色い包み紙が、母子手帳にはさまっている。中身は空だ。その下に1枚の紙片がある。
〈3月13日PM〉
〈通りすぎたのに戻ってきて、子供にキラメルをくれた ありがとう がんばります〉
慌ててメモしたため、小さい「ヤ」が抜けている。
山本和子さん(41)は長男・悠稀(ゆうき)くんの母子手帳を開くと、30歳過ぎだったあのときの感情がわき上がってくる。
これからどうなってしまうのか。離婚し、夫はもういない。3歳の一人息子を守っていけるのか。
ひとこと、お礼が言いたい。あの人は誰だったのか。
9年前の初春。岩手県釜石市の勤務先で激しい揺れに見舞われた。外に飛び出し、自宅があるとなりの大槌町へ車を走らせた。妹が付き添っていた悠稀くんを拾い、高台をめざした。
山あいの福祉施設は避難者であふれかえっていた。身を落ち着けたホールの床が冷たかった。
「救急車が来た」。そんな声が聞こえたのは3月13日の午後。息子は丸2日、折り紙で遊んだりしておとなしくしてくれていた。車が大好きな子だった。救急車を見せてあげようと、玄関へ出た。
目の前の道に止まっていた。見送ろうと立っていると消防士が1人、近づいてきた。消防士はズボンのポケットに手を突っ込み、その手を差し出した。
キャラメルだった。
「お母さんを助けて、がんばりや」
息子の頭にそっとふれ、消防士は立ち去った。
5年後。暮らしが落ち着いたころに一度、あの消防士を捜そうとしたが見つけられなかった。さらに3年が過ぎた昨年暮れ。息子が学校で書いたという作文を読んで驚いた。
〈つまらない気持ちでいたけれど、キャラメルをもらってすごくうれしかったことを覚えています〉
〈結局『ありがとう』を伝えることはできませんでした〉
あのとき、悠稀も救われたんだと初めて知った。
消防士の所在は思いがけず、見つかった。作文が地元の大槌新聞に載ることになり、記者が調べてくれた。
今年1月、電話で話した。お礼を伝えると、服部忠士さん(48)は「以前は名乗り出られなくて……」と口にした。
4年前。山本さんは、あの救急車が大阪府八尾市から来ていたと聞きつけ、消防に問い合わせた。それが服部さんの元まで届いていた。だが、服部さんは「自分ではない」と答えた。
あのような現場で無力感を覚え、申し訳ないという思いが強かった。自分が感謝されるようなことは、はばかられたという。
「本当にありがとうございます。おかげさまでいま、がんばっています」
山本さんは改めて感謝を伝えた。悠稀くんはこの春、中学生になる。(朝日新聞記事掲載)
2人に1人 PTSD症状
岩手県内の被災者に直接お金が届くことを希望される場合
振込口座 | 支店名 | 口座番号 | 口座名義人 |
ゆうちょ銀行 | ー | 00100-2-552 | 岩手県災害義援金募集委員会 |
ゆうちょ銀行 | 019店(他行からの振込口座) | 当座預金0000552 | 岩手県災害義援金募集委員会 |
岩手銀行 | 県庁支店 | 普通預金2016634 | 岩手県災害義援金募集委員会 |
北日本銀行 | 本店営業部 | 普通預金7028484 | 岩手県災害義援金募集委員会 |
東北銀行 | 本店営業部 | 普通預金3237413 | 岩手県災害義援金募集委員会 |
盛岡信用金庫 | 本店 | 普通預金0354281 | 岩手県災害義援金募集委員会 |
2020年3月11日、震災から9年が経ちました。今年も岩手県(その他の被災地)から受任された依頼の調査費用の一部をわずかではありますが、「岩手県災害義援金募集委員会」「日本赤十字社」に義援金を振り込みさせて頂きました。被災地の方も苦しみや悲しみを乗り越えて前に進んでいます。少しでも前に進む力に貢献したい。それが社会で生きるということなのかもしれません。何もできないことなんてないと思います。できることは必ずある。新型コロナウイルスの感染など社会が混乱しており大変だと思いますが、もう一度、東日本大震災の被害の大きさを改めて知り、被災者や被災地のためにできることを考えてみましょう!
2020年3月11日 14:46 日東探偵社社員一同 黙とう